ナイトオブテンのお気に入り









なんだか頭がずきずきする。






ぼんやりしている意識の中、柔らかい背中の感触と足元が浮いている感覚からライ

は自分が何処かのソファーに横たわっていることに気がついた。




重い目蓋のせいで目を明ける事はしないが額には冷たいタオルが乗っているらしく
それがずきずきと痛むライの頭を癒している。


意識がはっきりしていくと同時に体中の痛覚も覚醒し、体中の何処も彼処も怪我だ

らけでその痛みに思わず眉間に皺が寄る。



(―なんで自分はこんなに怪我だらけなんだ?)




と、そこでようやくナイトオブラウンズのルキアーノとの戦闘を思い出した。


(あれがラウンズ―一人居るだけで戦局が変化するとは言うがあれ程とはな・・・)

ライは素直に相手の戦闘能力の高さに感心した。

彼方此方体が悲鳴を上げているがどの傷の場所も急所を綺麗に避けられている。
流石に普通の軍人相手に全力を出していた訳ではないらしい。

だからといって完全に手を抜いていた訳でもなく、体を動かそうとするとその
度ずきっとした痛みがある。




(容赦無いのか有るのか、肩も負傷してー)

その時ライはある事に気がつき、勢いよく目を開け体を起こした。
額にあったタオルがずれ落ちる。

「うっ・・・」

無理やり動かしたせいで激痛が体を走り、思わず顔をしかめる。


それでもライは部屋を見渡しこの部屋の住人を探した。

だが人の気配は無い。

どうやらここはだれかの執務室らしく、自分はその部屋の応接用のソファーに寝かされていた。


家具の質、部屋の広さや雰囲気からしてこの部屋の持ち主は低い地位の人間では無いようだ。


(となるとここはヴィレッタ少佐の部屋と認識するのが妥当だろう。)





ライは小さくため息をついた。

肩にクナイを受け頬に傷が出来た所辺りまでは思い出せるが、それ以上の記憶があやふやでどうしても思い出せない。


この状況的に判断すると、どう考えても自分が負けた意外の選択肢は無い。





(模擬練習とは言え、ラウンズとの戦闘データは貴重な筈だろうしどこかに記録があるかも知れない。)


そう思ったライは体中の痛みを無視し、立ち上がりワークデスクに向かおうとした。


と、その時丁度扉が開いた。


「なんだ、思ったより元気そうじゃないか。」

その聞き覚えのある声にライはすぐに身構える。



「おいおいもう模擬戦闘は終わったんだ。楽にするといいさ。」


その人物はそのままライの向かい側にソファーにどっしりと座り込んだ。

一見ただ寛いでる様に見えるがその動作には隙が無い。

何時どんな時でも人を殺すことが出来る。
ナイトオブラウンズ・ルキアーノ・ブラッドリーとはこういう男なのだ。




ライはルキアーノをじっと見てからゆっくり座った。

自分は結構負傷したのに関わらず、相手はほぼ無傷に見える。

これが実力差と言うものなのだろう。


ライは向かいに座る男をじっと見る。

相手はライと目が合うとにやっとした笑みを浮かべるがライはそれに対し無反応で
ただじっと見た。


暫く睨み合ってる(見詰め合ってる?)時間が過ぎ、ルキアーノが何か言う気配が
無いのでライが代わりに口を開く。


相手はナイトオブラウンズなのでライは軍人として敬語を選ぶ。

「…何で自分はここにいるのでしょうか?」


「試合後、お前が倒れたから私が運んでやったまでだ。

 このルキアーノ様直々に運んでやったんだから例の一つ位言え。」


この上からの物言いに対し、ライは苛立つことが全く無かった。

そんなことより、この男がわざわざ自分を運んだことに対して、顔には出さないが
かなり驚いている。


(ラウンズがわざわざ一般兵を運ぶ―もしや何か裏があるのか。)

自分の驚いた顔を見てにやにやと笑みを浮かべる様子からは何も感じ取れない。

「わざわざお手を煩わせてしまい、申し訳ありません。
 ところで中佐はどちらに?」

「あの女なら事後処理中だ。」


「そうですか。」


運ぶだけではなく、わざわざ目が覚めるまで待っていたという事は何か裏があるのだろう。

そこでライは勝負前のことをふと思い出す。
そしてあることに気がつく。

「あ。」



「何だ?」


突然のライの呆気ない声にルキアーノは眉を潜める。


「聞きたい事があるんですよね?」


「・・・?」



ルキアーノは無表情に只真剣な顔をして見つめてくるライの顔をじっと見た。



「確か皇帝陛下と自分の関係・・・ですよね?」



ああ、とそこでルキアーノはこの少年が何を言っているのか理解した。


この男は自分が負けたと思っているのか。
確かに最後の状態から判断すれば、気を失ったライが負けという判断が正しいだろう。


だがルキアーノの判断だけは違かった。
自分は白く細い指を目の数ミリ先で止められ、相手の首下数ミリ先でクナイを止めざるを得なかった。



その時ルキアーノは久々に体中に何かが流れる感覚がした。

それは目前の指に対してではない。




それは自分を真っ直ぐに見つめる蒼い視線。

この冷たい瞳を自分は既に知っている。




皇帝陛下。



その瞳は色は違うがあの方のものと全く同じ、いやそれ以上のものを感じた。

自分は動けなかったのだ。



蒼い美しい瞳に自分の姿がはいっているのを見て、只唖然と思った。


自分は捕らえられたのだと。











再びルキアーノは蒼い瞳を見る。

だが不思議とあの時の感覚は全く感じられない。




確かにあの時戦った相手はこの男の筈なのに。






ルキアーノが何も言わないのを見て、ライは自分の言ったことに対して肯定していると思い言葉を続ける。



「正直な所を申し上げますと、僕と皇帝陛下の関係というのは、」



(差し詰め、軍の秘蔵っ子といった所か。あの方が好きそうだ)


「全くと言っていいくらいないんです。」


(・・・は)



「会った事も無い上に、何か特に命令を受けている訳でもないので、」


(・・・どういう・・・)



「申し訳ないのですが、」


ラウンズと言われるほどの自分にはたいていの人間の言っていることの真偽が分かる。

ただ淡々と言葉を繋ぐ男を見るが、その顔に嘘偽りは読み取れない。

まあ相手が自分より格下のものであればの話だが。

(ならばこの男は・・・っ)


「じゃあお前は何者なんだ!」


苛立ちを包み隠さずルキアーノは怒鳴るように言った。


その言葉にライは喋ることをやめ、目を伏せ下を向いた。

ルキアーノにはそれが一瞬この男が寂しそうな顔をしているように見えた。

「それは分かりません。」


「・・・・」



「自分は、僕は気がついたら軍にいました。




 それまでの記憶はありません。




 そして何も知らない僕に色々教えてくれたのが中佐です。」




(記憶喪失、と言うやつか。)


そこでこの男の不思議な言動には納得がいく。

皇帝直属と言うのはおそらく形としてあの方の管理下にあるのだろう。



だがそうなるとこの男に対する情報はない。



(折角何か情報をつかんだと思ったらハズレか・・・)


ルキアーノは立ち上がり、部屋を出ようと扉を進む。



扉の一歩前で止まり振り返らずに喋る。


「お前、一応軍人なんだろう?
 どこで活動しているんだ?」



それは何気無く、聞いたことだった。

深い意味は無い。


ただ暇なときに再戦遊んで でもしてみようかと思ったのだ。


ただ、それだけ。



「機密情報局です。」






ルキアーノの足が止まる。



機密情報局、それは皇帝直属の謎の機関―。


その存在は勿論一般の人間たちは知ることがないが、軍の人間でさえ知っているのはほんの一部。


それはラウンズも同様でラウンズでもこの局に立ち入ることが出来るのはんナイトオブワンを始め一部の者達だけだった。




あそこの局の人間は殆どが研究者であって、実践として前線で活躍する者はまずいない。


だがこの少年はどうだ?


並みの軍人とは比べ物にならないほどの身体能力を持つが、実践には出たことが一度も無い。



実はこの男の言っていることが嘘で、どこかの部署にいると言う確立は―まず無いだろう。


もしこの男が他の部署で実践に出て活躍していたと言うなら、この若さでこの身体能力を持ち、エリア11に居る人間を
特派のあの変人が見逃すはずが無い。



あの男で無くてもこの男を欲しがる人間は沢山いるだろう。



だがこの男がノーマークで軍の中に居るにはあそこしかないだろう。






皇帝の許可が無ければあそこに立ち入ることは出来ない。












ルキアーノは心の底からこみ上げてくる歓喜を抑えなかった。


そしてゆっくり振り返る。



「お前、俺の部下モノ になれ。」



その時初めてルキアーノはライのポーカーフェイスが崩れるのを見た。










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